カテゴリー「学問・資格」の8件の記事

2007年9月28日

ライトノベルのレーベルの寿命

ライトノベルのレーベル存続期間』を調べたのはこっちをやりたかったからだったのですが、リスト作っただけで満足して忘れていました。

というわけで。ライトノベルのレーベルの寿命っていかほどか、調べてみました。

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2007年9月19日

ライトノベルのレーベル存続期間

ソノラマコバルトに始まり、ハヤカワ文庫あたりのスペオペファンタジーの移入からスニーカー富士見ファンタジア中心とするゲーム系ファンタジー、そして少女向けティーンズ文庫のバブル崩壊からBLへ。今は電撃系伝奇アクションと、過去において様々な(今で言う)ライトノベルのレーベルが興亡を繰り返して来たわけですが。いったいどんな感じの流れになっているのか。気になったので調べてみました。

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2007年8月24日

数学ガール Mathematical Girls

これは良いライトノベルですね。『彼女はQ〈クイーン〉』もどうせならこれくらい突っ走れば良かったのに。

良くある「萌えなんたら」の類いの学習本とこれの違うところは、ライトノベルの部分を「学習の興味を繋ぐための方便」などとは一切扱っていない事。むしろ「僕」ミルカさんテトラちゃんのボーイ・ミーツ・ガールな青春の1ページを描くための方便として数学がある、という感じ。そういう事から言うと学習書より『スラムオンライン』あたりの青春求道物に近いかも。

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2005年11月 5日

『テヅカ・イズ・デッド』is UNDEAD

テヅカ・イズ・デッド』読了。

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と文句を付けたくなるような話ではなかったというのは、良かった事なのか悪かった事なのか……。

とりあえずタイトルを『タケウチ・イズ・デッド――とじられたマンガ表現論へ』に替えた方がいいと思う。なんかこうイメージが「墓から死体を掘り出して鞭打つゾンビ」といった感じ。その死体も漫画の神様そのものではなく……。

MMORPG どころか、少女漫画やアニメを普通に楽しんでいる普通の人は「まえがき」と「あとがき」だけ読んで中身読むのは省略してかまわない内容。中身は業界内ゲバでしかないですから。

個人的には、マンガ評論というのがそこまで悲惨な状況だ、というのを知ることが出来ただけで値段分の元は取ったと思うのですが、他人に薦められるかというとちょっと……。

著者の誠実さだけが救いではありますが。本書の9割方を占めている他者への攻撃と言い訳予防線を掻き分けて大意を取れば、少なくとも著者が限定している範囲での論に破綻は無いとは思います。でもそれってちょっと別のジャンル(TVマンガであるアニメとか)に援用しただけで無意味になる「閉じた議論」なんですよね。自己完結した用語を使った自己完結した論理。別ジャンルまで目を向けないとしても、例えば擬人化動物という萌えキャラを使った日本(世界?)最初期の漫画である鳥獣戯画を取り上げただけでも、本書のキャラ(Kyara)とキャラクターの使い分けで表現した『ぼのぼの』の特異点としての評価は消えうせますし。提示している概念と用語の適用可能範囲が異様に狭い。

単に擬人化キャラに涙できるというだけならばインドラとウサギの説話で充分。つまり萌えにそもそも絵は必要ではないというあたりをすっ飛ばして

多くの場合、比較的に簡単な線画を基本とした図像で描かれ、固有名で名指しされることによって(あるいは、それを期待させることによって)、「人格・のようなもの」として存在感を感じさせるもの

と定義されるキャラ(Kyara)を論議の基盤とした時点で、論の対象がマンガ全般ではなく「(アニメ作家としての存在を無視した)手塚治虫のマンガ、を崇拝するマンガ論者」程度にまで卑小化してしまった。歴史上のマンガ作品そのものに適用するにしても(映画や小説、演劇で既に描かれていた)キャラクターの内面がマンガで描かれなかった(と著者が決め付ける)昔の子供マンガから、アニメというTVマンガが始まるまで間の小期間くらいにしか適用範囲は無し。

現実の人間によるコスプレゴスロリ・ファッションでも萌えを体現できますし、絵でシーンを描かない小説でも萌えキャラは存在する。簡単な線画で描かれたキャラというのは萌えを体現する一つの手段でしかない。著者は原因と結果を取り違えているのだと思う。多くの場合萌えにはマンガ絵が付随する(例えばライトノベルにおける挿絵)としても、それは萌えの結果であって原因ではない

著者の論ずるマンガの範囲がそもそも「紙の上にコマを割って描かれた、少年/青年向けストーリー・マンガ」に限定されているので論自体に破綻は無いですけれども……激しくどうでもいいなぁ。

いや、書内で著者が言及、というか唾を付け回っているネタそのもの(特に『ガンスリ』あたり)は的確ですので、単に他人の論の欠点の指摘は出来ても自分の見るマンガを組み入れられる論をまだ組み立てられていないだけ、だとは思いますが。

2005年11月 3日

アンクルサムとアンクルトム

テヅカ・イズ・デッド』第3章を読み終えました。現在のところ、先の懸念がいちばん悪い形で当たっている感じ。というかこれは、たけくま氏の記事を読んで過大な期待をかけてしまった私の方が悪いのであって、マンガ(批評)業界内批判としてのこの本の価値を貶めるものではないのですが。

というか、絵で表象されるかどうかは問題ではないと思う。だって『不思議の国のアリス』のアリスとか『竹取物語』のかぐや姫とかに萌えるのは「それがマンガだから」ではないし……。もちろん萌えを端的に受け止める記号として絵というのは強力な手段だけれども、それは結果であって原因ではないのではないかと。

それ以前の問題として、「なんで『ピーナッツ』ではなくて『ぼのぼの』なの?」というあたりで疑問を感じてしまい……。東浩紀氏の著作を読んだ時も「なんで『えここ』じゃなくて『デ・ジ・キャラット』なの?」とかの基本の部分で違和を感じてしまいましたけれども。なんか、わざわざクリティカルなものを避けて通っているような感じを受けてしまいます。

あるいは、こういう題材(記号と身体)を問題にしたいのならばアンクル・サムとかアンクル・トムとかを比較対照として扱う方が、日本のマンガのみを直接問題にするよりも早道かも。

わが心のフラッシュマン』(中島梓)のその先をこそ見たいのに、その3歩前あたりでよちよちしているものばかり。もちろん作家の感性に論理的な評論が追い付くのはずっと後、という事は分かってはいますし『テヅカ・イズ・デッド』が無意味とは言いませんけれども。学問というのはまだるっこしいです。

2005年10月23日

『テヅカ・イズ・デッド』 is dead

本当はたけくま氏の記事の完結を待ち『テヅカ・イズ・デッド』を読んでから書いた方がいいとは思うのですが、そこまで待つと書く気が無くなっていそう。そもそも『テヅカ・イズ・デッド』そのものがどうこうではなく個人的な問題意識と重なる部分についての個人的な覚え書きなので書き捨てで残しておきます。

(たけくま氏の記事に書かれている範囲での)『テヅカ・イズ・デッド』におけるキャラキャラクターの分別ってひところ流行った大きな物語小さな物語の分別と同じく、従来的な文脈に現在の変化を回収しようとする悪あがきであって本質を見えなくしてしまう分類に思えます。

80年代くらいまでは世界観キャラクターストーリーといった要素/用語でメディアを語る事が有効だったのだと思いますが、娯楽の先端が マンガ から MMORPG に移ってしまった現在ではそれらはもう意味が無いのではないか。というか、そういう用語で語ってしまうが故に本質を見誤ってしまう。

概念story icon
学問歴史 博物学
記述法論文 1行メール
プログラム名のあるアプリケーション 使い捨てスクリプト
ソフト開発伽藍
バザール
無数の(マージされない)ブランチ
娯楽メディア演劇
映画
テレビ
漫画
小説
アドベンチャーゲーム
MMORPG
TRPG
シミュレーションゲーム
対戦格闘ゲーム
TCG
情報新聞
ラジオ
テレビ
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意思決定独裁
議会
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コンピュータパソコン
ゲーム機
ケータイ
インターネットWeb 2.0 Flash
音楽ミリオンセラーのCD
どさ回りの演歌歌手
アマチュアの街角コンサート
カラオケ
著作権マンガ専用フォトライブラリー構想 パブリックドメイン
クリエイティブ・コモンズ
フェチ眼鏡っ娘の巨乳メイド 絶対領域
9.11衆院選小泉圧勝意外 当然

これは荒すぎる分類ですし、そもそもこういう風に分類するという事そのものが世界観で見るという事なので既に罠に落ちているわけですが。

『テヅカ・イズ・デッド』でモチーフとしているマンガに関してであれば、ストーリーマンガから(萌え)四コママンガや(ゲーム)アンソロジーへの変化などが対応しているのかもしれませんけれども……。そもそもマンガって新聞の(1コマ)風刺マンガの方が歴史が古いでしょうし、また更に古い鳥獣戯画あたりもストーリーマンガと見るには無理がありそう。ストーリーマンガの方がマンガとしては特殊形態であって近代固有の物、という気もします。

あるいはストーリーゲームとしての(安田均氏等による)捻じ曲がったTRPGの見方の移入が以後の新メディアを(批評・評論のレベルで)理解する基盤となってしまい、尾を引いているきらいもあるかも。

必要なのは、概念(キャラ)と戯れるためにプロによるストーリーという余計な補助を必要とした特殊な事態を相対化して見る事かも。

2005年8月15日

信濃木崎夏期大学『アジア冷戦の終わり方』藤原帰一

8月7日再び信濃木崎夏期大学へ。藤原帰一氏の講義。

内容については『デモクラシーの帝国 ―― アメリカ・戦争・現代世界 ――』(岩波新書)あたりを読んでもらえばほぼそのまま。でもこれを1日の講義でやろうというのは無理があったようで、最初は時間きっかりに終えていた講義が後になるにしたがい早送りでかつ時間あふれ気味に。

最後は(おそらくは)『戦争を記憶する 広島・ホロコーストと現在』(講談社現代新書)に書かれている事の話になり重慶爆撃の被爆者を広島に呼んで講演してもらった時の事を話すあたりではもう熱く語りまくり。空も一転にわかに掻き曇り猛烈な雷雨を呼び停電までする騒ぎ。

……まあ、雷雨や停電は偶然でしょうが。

個人的感想としては。平和運動自体に批判的(もちろん倫理ではなくその有効性に)な私としては白けた目を向けざるをえない話でしたけれども、基礎的な事実について捻じ曲がった事を言い他者と自己を欺瞞している右や左の旦那様の類いとは一線を画す、公平な目を持つ研究者だと思いますので、ネットの言論等にヘキヘキし事実を知りたくなったら彼の著作を読むのも良いと思います。そういう点から言えばこの木崎夏期大学に呼ぶには良い人材だったでしょう。


pork piccata teaBISTRO Meeja のランチ。990円。ランチとしてはちょっと高めの値段ですが美味。

5名様以上 要予約. お願いします. とありましたが。確かに団体やファミリーで来るよりもカップルで来るのがふさわしい雰囲気の店でした。

2005年8月 2日

信濃木崎夏期大学『四人称の世界―フィクションのおもしろさ』外山滋比古

この校舎って夏期大学のためだけに有るのだろうか8月1日、会社が夏休みだったので信濃木崎夏期大学の1日目に行って来ました。

参加者は小中学校の教職員が多かったのかな? そもそもこの日程では学校が夏休みな教職員でもない限り参加できませんか。というか学校毎にあらかじめ名前が印刷された出席簿が並んでいたので近在の小中学校の教師達は半強制的に参加させられているみたいです。嫌な気風の県だ。

講座そのものは「四人称」等という聞きなれない言葉を使ってはいるものの、作者と作品と読者の関係の話。

0 - (1 - 2 - 3) - 4

なんて図を書いて説明していましたが、作中世界を現す (1-2-3) と違うコンテクストを持つ作者(0人称)と読者(4人称)を表わすためにそういう言い方をしているよう。もっともなぜそれを単に「作者」とか「読者」と呼ぶのではいけないのかが全然分からなかったですけれども。

  • シェークスピアより後の近代演劇(幕で舞台と客席を区切る)から「四人称」の観客が生まれた
  • 作品の面白さは作品内容そのものではなく読者が作品を「解釈」しようとするプロセスに有り、読者と作品の距離が(あくまで読者が理解しようと思える範囲で)大きいほどより面白さが生まれる
  • 近年のTVドラマ等の新メディアの作者は作品と読者の距離を近くしようとしており、それは作品の面白さをむしろ減らしてしまう
  • 読者が複数回の読み込みで苦労して「解釈」する作品が良い作品

みたいな感じに要約できるかな。

英文でも手紙だと主語(I)を省く

とかの「へぇ~」と思う事はありましたが、オタクの端くれで blog なんぞやっている立場から見ると「いまさら」感の強い講義でした。

しかし最後に会場から出た「我々四人称の(くだらないので中略)良質なメディアである小説が衰退して、今後どういう方向に行くのでしょうか」みたいな質問を聞いて「このレベルの聴衆に話さないといけないのか」と暗澹たる思いにかられ、講師の(というかアカデミズムというものの)苦労と講義の内容のレベルの妥当さに思い至ったのでした。(さすがに講師は最後の「どういう方向に行くか」という質問だけ取り出して「分からない」と言ってお茶を濁していましたが……自分の行った数時間の講義の意味を全く理解していないのを如実に示すああいう質問をされるとげんなりするんじゃなかろうか)

しかし「我々」なんて言葉を使うあたり、質問者はいかにも教師。あんた最強の「0人称」でしょうに何が「我々四人称」だか。読者(生徒)をテストして点数まで付ける「メディア」は他には無いというのにそれに無自覚なんだろうな。そして「小説」「TV」「ネット」というメディアの「形態」に良質悪質の差があると決め付けている。(「作品内容でも演劇・小説・新聞といったメディアの差にでもなく読者と作品の距離そのものに面白さの本質がある」というのが講義の根幹だったのに)

まあ業務でもないのに「我々」「私たち」「わが国」なんて言い方をする人間にろくなヤツは居ない、というだけの話なのでしょうけれども。

講義の内容は練り直して追加して来年あたりに出版されるようなので、中島梓だとか大塚英志だとかの評論を読んで今ひとつピンと来なかった人への基礎固めとしてなら薦められる本になるのじゃないかと期待できます。

……あ、あと東浩紀読んで「こいつの言っていること何か変だ」と感じてもそれを言語化できない人への理論武装用にも。(笑)


ところで。

ツインズ! コロッケ定食 ¥750(税込)

おねがい☆ツインズ』とコロッケ定食に何の関係があるのでしょう? 小説版読んだだけなので分からない。(カレーの方はファン発であって作品そのものとは関係無いらしいですが)

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