虐殺器官
いくら事物を調べて用語を知っていても根本的な所での統括的な理解を欠くとこんな珍妙なものが出来るのか。悪い意味で感心しました。
作品全体が作中の言葉を借りれば
――自分自身もはっきりとは理解していないジャーゴンを、綱渡りのようにぎりぎりでリンクさせ、意味を失う寸前で現実に繋ぎとめ、言葉を紡ぎだしている――そんな印象のことだ。 (第四部 p175)
なのは読むに辛かった。普段読む(軍事経験者による)戦場体験物などがいかに地に足のついたものなのかが逆説的に実感できてしまいました。いや軍隊組織がどう動くかなんて大きい所ではなくて(そんなもん日本人の作家に最初から期待しない)たとえば
Eの字の兵士たち――銃を持って最前線にいる彼らを兵士でなく「社員」と呼ぶのはなかなか難しいものがいる―― (p214)
といったちょっとしたセンテンスでいちいち違和感が。(ここで言えば、そもそも未だに徴兵制が生きている(実行されないだけ)「市民軍」の伝統のあるアメリカの軍人は、銃を持って軍事を生業にしている存在に対し、「公務員」ではなく「社員」であるから「兵士」と呼ばない、などという発想そのものを思いつかないだろう、というあたりの事。思いつくはずのない発想を内観していちいち否定する事は有り得ないでしょうし。というか正規軍だろうがワイルドギースだろうが義勇兵だろうが前線で戦う兵士にとって兵士は兵士じゃない? まあ「自衛隊員は兵士か」なんてあたりで拘泥する国では違うとしても)
知識だけあってもそれの意味する事への思考を放棄するとどうなるか、という命題と取れば、作中で陥っている主人公の心理状態から作者のそれまで首尾一貫してそれなのは辻褄が合っている、と言えなくもないです。
でも軍事的な事はともかくとして、作中でのギミックの根幹となる言語によるミームの伝播についてはもう一寸思考して欲しかった。あれが本当に1つの言語圏に留まるよう調整可能なほど繊細なものならジョン・ポールの直接関わらない伝播(口コミはもとよりマスコミにより「切り取られた」もの)では効果を無くすから意味のある影響は為さないでしょうし、逆に口コミやマスコミという第三者による変容でも伝播するなら翻訳――対象となる第三世界の社会指導者はおおむね外国、つまりよりメジャーな言語圏の言葉で高等教育を受けその言葉で世界に発信している――され世界言語である英語を汚染するでしょう。どちらの場合でもジョン・ポールの意図に反してしまう。著者は現代(近未来)の第三世界を江戸時代鎖国中の日本みたいにイメージしてしまったのか、あるいは言語圏というものを磐石で排他なものと誤解しているのか。ついでに言うと、国家プロジェクトとして推進されたものだからこそジョン・ポールの排除が画策されたのに、物語の最後にそれが行使された時に(国に)それと悟られないというのは無理があるし。いや突っ込み所言い出すと切りが無いですが。何はともあれ最後のあれで日本も虐殺文法に蹂躙される事は確定ですね。英語読み書き出来る人間は山ほどいるわけだし。
- 著者: 伊藤計劃 よろしく
- イラスト: 佐伯経多&新間大悟
- デザイン: 岩郷重力+Y.S
- 出版: ハヤカワSFシリーズ Jコレクション 紹介
- のべるのぶろぐ 2.0
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ハヤカワSFシリーズ 伊藤計劃(著)虐殺器官
小松左京賞最終候補作品
■ストーリー
ポスト9・11近未来軍事SF。
テロリストがサラエボで核爆弾を爆発させ、インドでも核戦争が起きた近未来。
地球各地で起こる大虐殺や内戦の影に必ず現れる謎の米国人ジョン・ポールを逮捕するため、アメリカ情報軍・特殊検索群i分遣隊のクラヴィス・シェパード大尉は、世界各地で作戦行動を行うが・・・・。
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