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著者 HP 『小林めぐみのホームページ』 (紹介)
出版:富士見書房 富士見ミステリー文庫 (紹介)
ザ・スニーカー2005年10月号にて
『涼宮ハルヒ』アニメ化企画進行中!
だそうな。
よりにもよって一番アニメ化しやすそうに見えても一番アニメ化が難しいこれをアニメ化しなくても『バイトでウイザード』とか他に無難な玉がいくらでもあるだろうに。(アニメ化でなくてマンガ化でもそうだけれども)主人公のキョンとヒロインのハルヒが同列に対象化されてしまうと作品の意味そのものが消えてしまいそう。そこらへんが同じくエキセントリックなヒロインの自己実現がテーマになっている『ヤマモト・ヨーコ』あたりとの違いだと思うし。心配。
でも肝要の1巻の分をマッハで終わらせて、あとはだらだらと日常コメディー、というノリにすればなんとかなるかも。OVA『雪風』のやり口。って見たくないなそんなの。
いっそキョンは画面にも出さず台詞も無く、キョン以外の登場人物からの語りかけだけで話を進行するとか……って他はともかく長門相手だと無理があるか。
ところで、アニメ化のついでに
「涼宮ハルヒ」少年エース11月号(9月26日発売)よりコミック連載スタート!
続けて第3話。
マルチの方は「記憶と感情の欠如に拘る」というロボット離れした感情をちゃんと持っているわけですが……あかりの方がロボットみたいだ。でも最後にマルチの頭から飛ばされた麦わら帽を手に抱き合う二人を眺めるあたりで……修羅場か? 修羅場なのか!?
先への期待はともかくとして、1~3話の範囲だと感情の根拠が(視聴者に)示されないのでおいてきぼり感が。その場面その場面であかりが何を考えているのかがよく分からない。単純にマルチを慮っているならもっといろいろと自分でも行動しそうですが浩之ちゃんとマルチを観察しているだけ。聞かれたら答えるけれどもただそれだけ。「浩之ちゃんとマルチちゃんの問題で自分の問題ではない」と思っているのか? まあ画面に現されていないだけでマルチと裏ではいろいろと話はしているのでしょうけれども画面に出る分だけだと設定開示とキャラ表現の域を超えずキャラの関係(の変化)を表現されていない。
まあ浩之の方は何も考えていない延髄反射キャラなんでしょうからどうでもいいのですが。
『学園都市ヴァラノワール 未来は薔薇の色』とか『推定少女』とかの著作を読んだ事のある桜庭一樹女史のサイト の日記で
雑誌『ロール&ロール』でワールド・オブ・ダークネスというTRPGのリプレイに参加させていただきました。
なんてあったので買ってきて読みました。
……あああ、濃いよ革命だよ公安の犬だよ! (笑)
しかし桜庭さん
ラストシーンでなぜかとつぜん、勢いよく空手の技を披露していたような……。で、でしたっけ……?
なんてその日記には書いてありますが馬乗りになってタコ殴りにするのは空手の技とは言わないような……。いや、
- 特技
- 極真空手が初段
- いま開発中の技
- 下段回し蹴り、中段回し蹴り、上段回し蹴りの軌道をインパクトの
ぎりぎりの瞬間まで一致させてディフェンスを撹乱する。Profile より
なんて空手の専門家のおっしゃる事ですから間違いではないのかも?
それはさておき。近刊の 『少女には向かない職業』も読んでみようかな。
つーか、花火大会と灯篭流し。『おねがい☆~』シリーズに夏期大学と最近木崎湖づいていたのでついでに花火大会も見ておくかと行ってみたらば仁科神社の方でもこんなイベントを。湖畔の喧騒が嘘のように人気が無いところにひたすら提灯がいっぱい。
灯篭流しの方は……なんかアナウンスに「木崎高校」がどうたら言うのが混じってましたが、聞かなかった事にしよう。(^_^;
花火ですが、本当に真上でやってます。消え損ねの火の粉が降ってきます。見てると首が疲れます。
というわけで稲尾駅近辺まで撤収して見物。ここいらから見るのが丁度良い感じ。というかここらへんにも見物客がいっぱい。
当初から花火に対抗するかのように稲光が光っていたのですが、終了間際には土砂降りの雨に。星湖亭あたりに居たままでしたら寒い中でずぶ濡れになり大変な目にあっていた所です。
その土砂降りの雨も大町市を出たあたりですっかり消えうせて。同じ中信地方と言っても松本平と木崎湖では気候が違うのが如実に。
つーか、中日新聞・筑摩神社豪華花火大会。この筑摩神社は穂高神社のような観光神社でもなく深志神社のような結婚式場でもない、普段は人気の無い普通の神社。しかしこの時ばかりは大賑わい。でも巫女さんは居ないけど。目当ては花火。
というわけで花火のムービー置いておきますね。
ダウンロード 20050810hanabi.asf (2853.4K)
でかいのでそのうち消すけど。
花火を見るなら境内からは木が邪魔で見えないし川べりは人ごみが凄いので、あがたの森あたりからの方が良いです。実際、家族連れがシート敷いていっぱい見物していました。
内容については『デモクラシーの帝国 ―― アメリカ・戦争・現代世界 ――』(岩波新書)あたりを読んでもらえばほぼそのまま。でもこれを1日の講義でやろうというのは無理があったようで、最初は時間きっかりに終えていた講義が後になるにしたがい早送りでかつ時間あふれ気味に。
最後は(おそらくは)『戦争を記憶する 広島・ホロコーストと現在』(講談社現代新書)に書かれている事の話になり重慶爆撃の被爆者を広島に呼んで講演してもらった時の事を話すあたりではもう熱く語りまくり。空も一転にわかに掻き曇り猛烈な雷雨を呼び停電までする騒ぎ。
……まあ、雷雨や停電は偶然でしょうが。
個人的感想としては。平和運動自体に批判的(もちろん倫理ではなくその有効性に)な私としては白けた目を向けざるをえない話でしたけれども、基礎的な事実について捻じ曲がった事を言い他者と自己を欺瞞している右や左の旦那様の類いとは一線を画す、公平な目を持つ研究者だと思いますので、ネットの言論等にヘキヘキし事実を知りたくなったら彼の著作を読むのも良いと思います。そういう点から言えばこの木崎夏期大学に呼ぶには良い人材だったでしょう。
BISTRO Meeja のランチ。990円。ランチとしてはちょっと高めの値段ですが美味。
5名様以上 要予約. お願いします.
とありましたが。確かに団体やファミリーで来るよりもカップルで来るのがふさわしい雰囲気の店でした。
「松本シティーマーチングバンド」を先頭にマーチから。最初は いい感じにお湿りが来たかな
という程度の天気雨でしたが、それが天気土砂降りになり天気雷雨へと……自衛隊の音楽隊がテレビ松本のサテライトスタジオの前にたどり着いたあたりでマーチは中止され撤退して行きました。
私もたまらずデイリ-ヤマザキ松本千歳橋店に入って傘を購入。そしたら傘が見ている間にも次々と補充されていたのですが、デイリーヤマザキって傘の在庫を常にあんなにたくさん保持しているものなのでしょうか?
そんな開催が危ぶまれる天気でしたが、開催の挨拶(自衛隊施設隊隊長の「一言挨拶」とか前年最優秀賞獲得のジン・コーポレーション代表のおもろい喋りだとか)を聞いている内にやや小降りに。開催決定。
「見る阿呆」にとってはあまり面白い祭りでもないので少し見て帰ってしまったのですが、
2回目の踊りが終了したところで、突然の激しい雷雨となり、31回の歴史のなかで初めて、途中で中止となってしまいました。
くるくるねっと松本 インターネット放送局 第31回夏まつり松本ぼんぼん より
だそうな。
ところでこの8月第1土曜日って長野びんずる、大町やまびこまつり、そしてこの松本ぼんぼんと、ここいらの都市が同一日いっせいに祭りがかち合っているのですが調整してずらせないでしょうか? 日付の決まっている古来からの祭りの場合は都合でずらすわけには行かないでしょうが「第1土曜日」なんて恣意的な日程の町興しイベントなんですから日付をずらして客寄せの都合や相互交流を考えた方が良いような。長野と松本は元々アレなのでともかくとして、特に大町の場合日付をずらせば長野県第1第2都市の長野や松本から客を呼べるわけですから日付をずらす利点は大きいはず。
松本の場合は10日に筑摩神社花火大会があるので後にずらすのは難しいでしょうけれども……。
お昼に食べたおきな堂の大バンカラ。
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著者 HP 『雑破庵』
原作:Please! HP
出版:MediaWorks 電撃文庫 (紹介:ティーチャー, ツインズ1, ツインズ2)
15,000 count が7月2日でしたから約1ヶ月半で 5,000 count。ちょっと鈍った?
やはり Python 関係の記事を全然書いていないせいかな。
『D.C.』、最終回というタイトルの最終回。奇麗に終わったなぁ。
さくら編エンディングソング「存在」から始まりオープニングソング「サクラサクミライコイユメ」で終わり。見事な構成です。
キャラ紹介以上の意味の無かったタルいシリーズ前半の時点ではいつ見捨てようかと思いつつサイドストーリー目当てで見ていたのですが、主人公が音無とあっさりくっついて以後のさくらが主役になってからの話は魅力的でした。これって当て馬なのはさくらではなく音無で、そしてその当て馬が勝ってしまう、という話だったのですね。
一言で言えば失恋して成長する話なわけですが、さくらが思い切らずに心を残しているのがエロゲー的かも。割り切れない弱さ。割り切らない残酷さ。ぬるまっこいハーレム。
この『D.C.』メインヒロインの音無に魅力が無いのが問題な話だと思っていたのですがそれは根本的に見方を間違えていた感じ。音無というのはヒロインというよりもマドンナつまり象徴で、ヒロイン達が望む幸せを体現しているというだけのキャラクター。そんな音無を常に意識しながら隣の死んだ祖母の家で一人きり過ごすさくらがヒロイン代表。他人の夢を覗き見る能力を持ちながら決してそれに取り合わない観察者=視聴者が主人公の純一。彼は主役でなく観客。お客様にして神様。
主人公(と音無の関係)を決して手に入れる事の出来ない思い出として仕舞い込んでさくらは(不思議さんと同じように)旅立ち、そして物語は終わり。終わらない初音島に残り da capo を生き続ける純一と音無。終わらない物語と物語としての終わりを的確に表現してくれました。
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イラスト:G・むにょ HP
出版:MediaWorks 電撃文庫 (紹介, エッセイ)
これは音無の夢? いや、それともさくらの夢か?
分からないの?
祝福だったはずの桜は呪縛になる。首輪が指輪になってもそれはやはり首輪。
夢を得てそれを生きる音無と、夢を失いそれを望むさくら。
その現実を否定する音無と、その現実から逃げ出そうとするさくら。
これが陵辱系エロゲーだったら絶対の存在である主人公がハーレムとして皆を支配してしまえばそれで済む話なのですが、それはそれでアジールへの逃避、ただの棚上げのモラトリアムでしかなく。
『ToHeart』レベルの純愛系学園恋愛ゲームへの批判という性格が『臭作』のような陵辱系ゲームにはあったわけ(もっとも『臭作』は『同級生』に対するセルフパロディーでしょうが)ですが、その後の『D.C.』あたりの世代の恋愛ゲームは純愛系学園恋愛ゲームの範疇を保ったままそれを行おうとしている。
(『ToHeart』のような古典的)恋愛ゲームの描く世界は(小説や漫画やTVドラマのそれと同じく)現実ではありえないファンタジーの世界なわけですが、そのファンタジーを求める心そのものを作品の主題にしている。恋愛における勝者と敗者が共にそのファンタジーの重さに苦しみ押しつぶされてゆく様を丹念に描いている。
これが原作ゲームの時点で既にこうなのか、アニメ化したらこうなったのかは知りませんが。なかなかに野心的な作品に仕上がっていますね。
次回はいよいよ最終回。なんか『最終回』というタイトルの最終回みたいですが、どんな話になるのでしょうか。楽しみ。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいます。
もう大丈夫です。
赤飯鍋。
じゃなくて
借り物なんかじゃないです。先輩と美春の大切な思い出です。
残酷な寓話が3話。
単体で見るなら悪趣味でかつ突っ込み所満載な雑魚ヒロイン処理話でしかないですが……さくら(と音無)の存在を前提での補助線としての対照物ですから。見事な構成。
ネコの人不思議さんが夢の島初音島から覚めて、そしてヒロイン達も夢の中の存在から夢から覚める存在へと。
さくらと音無と純一の夢の終わりはどんな事に?
『D.C.』という夢もあと2話で終わり。結末を見るのが楽しみです。
今日は松本ぼんぼんだし『おねがい☆ティーチャー&ツインズ』聖地巡礼のついでに松本でも観て回るかという人のための観光ガイド
まあわざわざ込み合う松本ぼんぼんの日に来なくてもいいですが。
城山公園は別口で回るべきなのでルートからは除外。バスで回る場合は本数の少ない城山公園(アルプス公園線・放光寺)への時刻表を優先して日程を組むようにしましょう。
電車&バスではなく車で来ている場合は、あがたの森、見晴橋、カタクラモール間は車で移動し、カタクラモールに車を止めそこを基点にして街中を見回るのが良いかと。
あがたの森奥の駐車場の方のバス停(あがたの森公園)で降りたらあがたの森東方のポイントをチェックしつつ南東に抜け松商学園へ。松商学園の東側を南下すればそこが薄川。松商学園の南門に直結する位置に架かっている歩行者専用橋が見晴橋。実質、松商学園の生徒用の橋ですね。
『おねがい☆~』シリーズの世界って、木崎湖の夏期大学があるあたりにこのあがたの森から薄川界隈がポコンと挿入されている、というイメージなのだろうか。木崎高校の建物のモデルはあがたの森文化会館なわけですが、実際に機能している高校からあえて当てはめるならばあがたの森と薄川の間にあるこの松商学園になりますか。もっとも近所に川原の土手がある高校ならば何処でも当てはまると言えば当てはまるわけですけれども。
同じルートを戻っても仕方がないので見晴橋からは筑摩神社(今月10日に祭り。花火が上がるよ)前の筑摩橋まで東進してそこから北上、あがたの森へ南西端から入ってあがたの森南方から中央の池のポイントをチェック。そしていよいよあがたの森文化会館へ。見所だらけでしょうから存分に堪能しましょう。
なんかここも聖地という説もあり。(背景に映っているというだけですが)
車で来た人が徒歩で街中を歩き回るにはここに車を止めるのが便利。ちなみにカタクラモールの真ん中に取り残されるように残っているカフラスのボロい建物も近代建築的に貴重な代物らしいです。木崎高校で近代建築に目覚めた人は要チェック。
まあここは入らなくていいけど。
カタクラモールからここまで中町通りを西進して来たら次の角を北に曲がって女鳥羽川越えると旧松本市役所、のふりをした市営住宅の上土団地。そこから縄手通りに入ってしまいましょう。
カエル。カエル大明神隣りの のウインナーたい焼きがお勧め。普通のアンコのやつも美味なのでセットで買って四柱神社前の橋の脇を川原に降りたあたり(親水公園)で食すべし。
むやみに格が高くて逆に御利益が薄そうな神様を祭っている、松本を代表する神社。10月1~3日に例大祭の神道祭りがあって山車も出るのでその頃来るのも良。
この神社の前の橋を渡った所にある喫茶&食堂のおきな堂では古い建物の中チャップリンのモノクロ映画をテレビに映していたりと風情があってよろしいです。バンカラカツカレー(大盛りの大バンカラも有り)で旧制高校気分に浸りましょう。(日・祝日は午後5時で閉店なので注意)
あと、せっかくここまで来たのならばついでに松本のみずほを見ておくのも話のネタに良いかもしれず。
松本に来たのならば一度は見ておかないとね。一度で充分だけど。ただいま太鼓門特別公開中。
ちなみに松本城の先には旧開智学校があるのですが8月12日まで修理のため休館中。近代建築的には傍にある旧司祭館だけでも見る価値はあると思いますが。
最後に注意点。帽子か日傘を用意しましょう。日本一紫外線の強い都市の評判は伊達ではありません。またルート上に散在する水飲み場での給水も心掛けて。松本は冬寒く夏暑く夜寒く昼暑い、日本には珍しい純粋内陸性気候です。
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出版:メディアファクトリー MF文庫J(紹介&立ち読み)
8月1日、会社が夏休みだったので信濃木崎夏期大学の1日目に行って来ました。
参加者は小中学校の教職員が多かったのかな? そもそもこの日程では学校が夏休みな教職員でもない限り参加できませんか。というか学校毎にあらかじめ名前が印刷された出席簿が並んでいたので近在の小中学校の教師達は半強制的に参加させられているみたいです。嫌な気風の県だ。
講座そのものは「四人称」等という聞きなれない言葉を使ってはいるものの、作者と作品と読者の関係の話。
0 - (1 - 2 - 3) - 4
なんて図を書いて説明していましたが、作中世界を現す (1-2-3)
と違うコンテクストを持つ作者(0人称)と読者(4人称)を表わすためにそういう言い方をしているよう。もっともなぜそれを単に「作者」とか「読者」と呼ぶのではいけないのかが全然分からなかったですけれども。
みたいな感じに要約できるかな。
英文でも手紙だと主語(I)を省く
とかの「へぇ~」と思う事はありましたが、オタクの端くれで blog なんぞやっている立場から見ると「いまさら」感の強い講義でした。
しかし最後に会場から出た「我々四人称の(くだらないので中略)良質なメディアである小説が衰退して、今後どういう方向に行くのでしょうか」みたいな質問を聞いて「このレベルの聴衆に話さないといけないのか」と暗澹たる思いにかられ、講師の(というかアカデミズムというものの)苦労と講義の内容のレベルの妥当さに思い至ったのでした。(さすがに講師は最後の「どういう方向に行くか」という質問だけ取り出して「分からない」と言ってお茶を濁していましたが……自分の行った数時間の講義の意味を全く理解していないのを如実に示すああいう質問をされるとげんなりするんじゃなかろうか)
しかし「我々」なんて言葉を使うあたり、質問者はいかにも教師。あんた最強の「0人称」でしょうに何が「我々四人称」だか。読者(生徒)をテストして点数まで付ける「メディア」は他には無いというのにそれに無自覚なんだろうな。そして「小説」「TV」「ネット」というメディアの「形態」に良質悪質の差があると決め付けている。(「作品内容でも演劇・小説・新聞といったメディアの差にでもなく読者と作品の距離そのものに面白さの本質がある」というのが講義の根幹だったのに)
まあ業務でもないのに「我々」「私たち」「わが国」なんて言い方をする人間にろくなヤツは居ない、というだけの話なのでしょうけれども。
講義の内容は練り直して追加して来年あたりに出版されるようなので、中島梓だとか大塚英志だとかの評論を読んで今ひとつピンと来なかった人への基礎固めとしてなら薦められる本になるのじゃないかと期待できます。
……あ、あと東浩紀読んで「こいつの言っていること何か変だ」と感じてもそれを言語化できない人への理論武装用にも。(笑)
ところで。
『おねがい☆ツインズ』とコロッケ定食に何の関係があるのでしょう? 小説版読んだだけなので分からない。(カレーの方はファン発であって作品そのものとは関係無いらしいですが)
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