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2005年5月12日

国を憂う事…ではなくて自分語り

いまさっきいきなしTBが飛んできましたのでのぞいてきました。

ブログ名が「つちのこ、のこのこ。」っつうなんだかなめた名前の(失礼)BLOGで、中のぞいてみても僕とはちょっと違うタイプの人ですね。

『溶解する日本: つちのこ、のこのこ!? 私にゃ似合わないな。(W より

コメントどうもです。まあ私は多分無政府主義者に分類されちゃうタイプでしょうしね。自衛隊にしても物見遊山で見に行くだけですし。

現代の日本国にしても、アメリカ合衆国やら中華人民共和国やらと比べればいくぶんかマシとは言え、独自の利権を持った連中が国民やらそこからの税金やらといったリソースを自分達の都合でいいようにしているだけなのは同じ事。それを「国を私物化している」と憤慨するか「組織というのはすべからくそういうもの」と割り切って見るか、そこらへんからの違いかもしれません。

あるいは「国益などというものは存在せず、各人の私益だけが存在する」とディプロマティックに見てしまうのは、ボードゲームの頃からシミュレーション・ウォーゲームなんぞにはまっていたせいかも。ってメディアの影響のせいにしてみたり。(笑)

でもサンケイ出版(現:扶桑社に合併)の第二次大戦ブックス(赤本)にはまっていた時も、日本人のライターが(従軍していた人でもないのに)旧軍をして「わが軍」と記述するのに違和感を感じていたし。元からかな。

あくまで結果論として(相対的に)「いい政治と悪い政治」があるだけで、徳川の江戸幕府だろうが薩長の明治政府だろうがマッカーサーのGHQだろうが55年体制の自民党だろうが、自分達の都合で自分達のいいように政治をしていた事は変わらないだろう、と。そしてそれ自体はでも何でもない。

いずれにしても、国旗を敬う人国旗を焼く人も「国家という抽象概念に過度の重みを置いている」という点で同類に思えてしまいます。

もっとも国家というのが当分のあいだは「たまたまそこらへんに住んでいる人に各種行政サービスを提供する」というだけの存在、ではありえないのが現実でしょうが。

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「つちのこ、のこのこ。」のオーナーの返信が上がってました。 タイトルは「国を憂う事…ではなくて自分語り」です。 > いずれにしても、国旗を敬う人も国旗を焼く人も「国家という抽象概念に > 過度の重みを置いている」という点で同類に思えてしまいます。 > もっとも国家というのが当分のあいだは「たまたまそこらへんに住んでい > る人に各種行政サービスを提供する」というだけの存在、ではありえない > のが現実でしょうが。 ここで「自分語り」とお書きになっ...... [続きを読む]

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