サルでもできるブログ教室:ウェブログ虎の穴 其の十四
竹熊氏の論点からはちょっとずれた話になってしまいますが一言。
どうしても紙の本に縛られてしまうのですね。オンライン出版も従来的な本の形式からキネティックノベルのようなアニメやマンガとの中間形態まで揃い普及期に入っていると思うのですが。
特に評論のような他の資料に言及する必要の多い文書の場合、文中の名称一つクリックするだけで同一文書中のものはもちろん Wikipedia のようなユーザー参加で書き換えられる百科事典のエントリーにまでリンク出来るようになると利点が多いでしょう。
weblog(というよりトラックバック)によってテキストへの被リンクをテキストそのものに取り込めるようになりました。ですから作品への批評や二次創作や感想へ作品そのものから逆リンクさせる事が可能。将来はそれら後付けの不特定な他者によるリンクも含めた全体が作品になるでしょう。もはや独立した批評や感想は存在せず作品への参加のみが存在する。キネティックノベルでプレイ直後にリンクの出る感想投稿やあるいは電車男などはそのような有り方になる未来のとば口でしょう。
演ずる(作品供給する)者だけではなくそれに感想を付け二次創作する側も含めたプロセス全てが作品になる。そうなれば紙に印刷した本などは単なる死体。いや本でなくDVDに焼いたとしても同じ事。それ以後にされたリンクは感知されないのですから。
とはいえ金になるのは本。あるいはそれにアフィリエイトしたり本の形で批評/二次創作を作り(同人)販売する者のみ。全国書店流通だろうがオンデマンドだろうが大前提として本本位制。売れないという烙印を押されたライターや作家が、このシステムでどんどん本を出せる
ようになったとしても作者様になれる下限が多少下がるというのみ。死体にしないと実にならない、そして屠殺した人だけが報酬を得られる、というヒエラルキーは変わらない。そうである以上共同創作ではなく本に出来るだけのステータスを獲得する神主(作家様)とそれにお布施する信者(消費者)の二項対立にしかなりえない。所詮そうでしかないなら「売れる作家だけ本を出してもらえる」今の事態の方がそのヒエラルキーがちゃんと絞られているだけ正しいでしょう。そもそもが(逆に言うなら)「売れない人は趣味で無料公開(あるいは赤字を出して同人出版)しましょうね」というシステムなのですから「売れない作家」までそのシステムでプロ側に回収しようとすればインフレをおこすだけなわけで……。
どうにかその成長発展し続けるオンライン作品全体への貢献に応じて報酬をシェアするシステムは出来ないものか。@nifty books で使っているようなアフィリエイトつまり物の宣伝を経由しての売り上げに応じた報酬であるかぎりは、スポンサーに支配されるTV番組と同じく出版流通者の都合に回収されてしまうと思いますし。(だからと言って原始共産制に留まっている限りはせいぜいが「良い趣味」にしかなり得ませんし……)
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